月別: 2017年7月

がんの実例

高齢者のがんの話(2)

ところが、神目さんがそうするつもりでいたところ、小康状態を保っていた奥さんの美子さんに糖尿病の合併が見つかり、最近血圧も上昇気味であることから、再度、近くの病院に入院することになった。

神出さんは前日の膀洸がんの経緯もあるし、自分の病気のことはある程度わかっているつもりだったので、奥さんの病気にかかりきりとなった。

奥さんは入院中に2度日の心筋梗塞の発作も疑われ、心配と看病に夢中になっているうちに、神田さんは自分の病気のことは、症状もとくにないのでいつしか念頭から薄れていった。

やがて美子さんは冠動脈のバルーン拡張術や薬物療法などで何とか退院することができ、再び自宅での2人の静かな生活にもどることができた。

一九九二年二月、実にBCG注人療法が終わって約四年たって、強い膀脱の刺激症状、とくに排尿する際の痛みと濃い血尿が突然始まった。

約一週間我慢をしていた神田さんだが、血尿はいっそう濃くなり、排尿のたびに赤黒い凝血塊も混じるようになった。何よりも排尿後の尿道の奥の痛みは耐え難かった。

美子さんのことが気がかりなので、神田さんは今度は自宅の近くの個人病院に入院した。その病院には週に一回泌尿器科医が来診していたが、すでに八十九歳になっていた神田さんの年齢を考えてか、鎮痛剤を処方したり、凝血塊をとり除くため膀脱を洗浄してくれるだけだった。

苫痛がいっこうに楽にならないので、神田さんはたまりかねて紹介状を書いてもらい、再び国立がんセンターを再診した。 一九九二年四月のことである。

すでにF医師は別の病院に移っていた。

 

膀脱内を入念に洗浄して膀眺鏡検査を実施した新しい担当医G医師は、大小様々のがんがほとんど膀洸を充満する形で、いたるところに発生していることを神田さんに伝えた。

ただちに入院のうえ、諸検査を受けた神田さんは、八十九歳とはいえ、膀脱以外にはとくに異常は認められず、また膀眺のがんは大きなものも含め多発しているものの、いずれも表在性のものだった。

神田さんの治療方針について泌尿器科の症例検討会では議論が続出した。「神田さんは何しろ高齢だから、膀眺部に放射線をかけるだけに留めよう」。いや、何もしない選択肢もあるだろう」。一八十九歳とはいえ、神田さんは全身状態はよいし、幸いにがんは表在性のものだ。

 

だったらリンパ節郭清はしないで、単純膀洸全摘除術十回腸導管造設が良いのではないか。神田さんはこの手術に耐えられる。治療後はこれが一番生活は楽なはずだ」。

最終的に泌尿器科チームの結論は単純膀眈全摘による手術と回腸導管による尿路再建と決した。早速、G医師は神田さんに右の議論をすべて説明した上で、手術方針を提案した。神田さんは迷った。

自分の苫痛、年齢、美子さんの今後、彼女の病気のこと…‥。しかし二日間考え続けた神田さんは手術にかけることを決意した。

同年五月、単純膀洸全摘除術、回腸導管造設による尿路再建が実施された。麻酔医との緊密な打合せのうえ、最強のチームで段取りよく手術を進めた結果、出血量も二五〇ミリリットルで輸血なし、手術時間も三時間で終わることができた。

術後の神田さんの回復は順調だった。ほとんど何のトラブルもなく回復し、採尿用の袋(パウチ)の貼布も自信をもって自分でやれるようになった。

手術前の苦痛に比べたら、尿を貯めるパウチを貼って生活する不便など物の数ではなかった。退院の朝、神田さんは「決心して手術を受けて本当によかった」、と心底思いつつ病院を後にした。

病理所見から根治手術であったこともG医師より聞き、嬉しかった。夢のように楽になった。

美子さんも何とか元気でいてくれたし、新しい生活に慣れてくると神田さんは自分のような高齢者でも何か社会に役立つことはできないかと、ボランティアの情報を集め始めていた。

神田さんの場合は核家族、高齢者であることが理由で、きちんとした治療がなされないでたいへんな苦痛を味わう結果となったこと、合併症さえ術後に起こさなければ高齢者もかなりの手術に耐えられることなど、これからの高齢社会のがん診療を考える上で多くの示唆に富んだ例だった

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