月別: 2017年4月

がんの実例

とある膀脱がん患者の例(2)

検査結果が出揃った数日後、約束した夜の六時に担当のE医師は加地さんを説明室に招じ入れた。

事情があって今は独り身の加地さんはただ一人で説明を受けた。看護婦が説明内容のメモを取りながら立ち会っていた。

医師は尿路全体の構造から膀眺の位置、働きについて図を描きながら説明を始め、浸潤性膀脱がんでかなり進んだ状態であること、膀洸を全部切除する必要があること、それでも治しきれると保証はできないこと、その可能性を上げるためには手術前に抗がん剤治療がニコース必要なこと、それには少なくとも六週間かかり、かなりの副作用を伴うかも知れないこと、その上で手術をした場合、その後の尿路の再建法はどうするのか、など説明は詳細をきわめていた。

加地さんはとくに抗がん剤の副作用、手術後農業にもどれるのか否か、に関して質問した。

約一時間半にわたるやりとりの末、加地さんは半ば提案を受け入れる決心をしていた。

手術をしなければどうなるのか、代わりに放射線治療を受けた場合のその後に起こりうることなどのほか、さらに、この病院の過去の手術成績ももちろん説明された。加地さんは冷静に考えてやはり提案どおり「術前化学療法ニュース十膀眺全摘除術十回腸導管法による尿路再建」を受けるのが良いと考えた。

 

医師からは「一両日考えてみますか?」と時間の猶予を示唆されたが、これまでの人生、万事を一人で決してきた加地さんはその場で「今説明された治療を受けます」と返答した。

化学療法のニコースは吐き気と俗怠感に悩まされたが、加地さんが予想していたよりは楽だった。

それと、入院してから再び始まっていた血尿と軽い排尿痛が、 1コース終わる時点から消失し、痛みも消えてきて何となく効いているのではないかという感じも自らの励みになった。

ニュースが終わった後、CT検査の結果、「腫瘍のサイズは半分ほどに縮小しました」とE医師から説明され、苦労の甲斐があったと嬉しかった。

手術の直前にはさらに詳細な説明があり、看護婦からは尿をためる袋であるパウチを右下腹部に貼ってみてのテストを指示されるなど、人念な準備が進められていた。

同じ病棟内にはすでに膀脱全摘除術を受けた後、腸で新しい膀眺を作製して尿道から直接排尿を試みている人や、回腸導管を受けて例のパウチを貼っているところを見せてくれる人など、患者さんの間の情報交換はさかんで、年輩の患者さんはその関係を称して「戦友」という言葉を使っていた。

「手術は約七時間かかりましたが、輸血はしないですませることができました」など、病室にもどって少しウトウトしている時に医師から説明があった。

 

胃の中に入っている胃液の逆流防止に鼻から挿入されている胃管の存在が不快だったが、痛みは硬膜外麻酔のせいでほとんどなかった。二日後から歩行を指示され、点滴装置をぶら下げながら身体から管を何本も出したまま病棟内を歩き回った。

これは少しきつかったが、早く元気になれるから、と医師や看護婦から励まされて努力した。

一週間後には管の類いがすべて取り除かれ、パウチ貼付の練習が始まった。「こんなに忙しいのなら仕事をしていたほうがよかった」、と冗談をいいながら加地さんは退院後の生活に備えた。

医師から、「病理検査の結果からは日標どおりの手術ができたことがわかりました。残念ながら膀眺の近くのリンパ節に2力所転移があったので、再発の危険性は残ります。したがって退院後も遠方ではあっても、三カ月に一度の通院検査はぜひ受けていただきたいと思います」と指示された。

加地さんは術後二週間で退院し、福島の自宅にもどった。久しぶりの故郷の、緑に覆われた山麓の傾斜地に広がる畑の地面を踏みしめながら、加地さんの頭の中は入院中、人まかせにしていた農作業の遅れをとりもどす段どりで忙しかった。

一年半の間、何の異常もなく元気に仕事にもどっていた加地さんは、定期検査のための上京予定の一週間前、入浴中に何気なく触れた左の頸の付け根の部分に親指の頭ほどのしこりに気付いた。「もしや再発では?」と思った加地さんの直感は不幸にも的中した。

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がんの実例

とある膀脱がん患者の例(1)

これから膀眺がんの患者さんの事例を御紹介したいと思う。

二人とも男性だが、同じ膀眺がんにかかりながら、進行度、年齢、社会との関わり方の違いなどで、病気を契機としてまったく異なるその後の人生を歩まれることになった、その点の対照が鮮明だからである。

 

自己決定による尊厳死

加地省造さんは五十六歳。福島県で農業を営んでいた。 一八〇センチを越える長身で、お腹に余分な脂肪もほとんど付いていない立派な体型の方だった。

加地さんはある朝、排尿にたったとき便器が真赤に染まったのを見てビクッとした。

「痛くも痒くもないのに尿が真赤だ。ということは尿に血が混じっているのか」。

その日、午前中に二回、排尿のたびに、同じように赤い尿が出て、その後はいつもどおりのきれいな尿にもどった。

その夜、加地さんは家庭医学書を開いて考えてみた。結石、腎炎、膀眺がん、腎がん……いろいろと恐ろし気な病名が並んでいた。

意を決して翌日の朝、車で十五分ほどの近くの公立病院の泌尿器科を受診した。

担当医は「すぐに膀洸鏡検査をしましょう」と提案し、看護婦が隣りの診察台に案内してくれた。

尿道の中に麻酔用のゼリーが注人された後、下半身がカーテンで仕切られているため見えなかったが、尿道を通して膀洸鏡が挿入されるのがわかった。

挿入時に一カ所やや痛い部分もあったが、約十分ほどで検査は終了した。予想していたよりはるかに楽だったのでホッとしながら隣りの診察室にもどると、担当医は検査用紙に所見をスケッチしていた。

円い膀眺と思われる図の中央部に大きな楕円形の印を記入し、内部を赤エンピツで塗りつぶした後、医師は加地さんに向き直った。

「膀眺に大きな腫瘍ができています。恐らく膀眺を取らないといけなくなると思います」と説明が始まった。

「やはりそうか。突然の血尿。痛みはない。数回で血尿は消えた。

家庭医学書にあった典型的な膀眺がんの症状と完全に合致する‥…」。実は加地さんが一番恐れていたのは膀洸がんだった。

紹介状をもらって三日後に上京した加地さんは、国立がんセンター中央病院の泌尿器科を初めて受診した。結果は同じで、
「浸潤性膀眺がん。この病院で治療を受けられるのでしたら、腫瘍の性質から考えて、入院の順番をくり上げて急ぎましょう」

と説明された。担当医の眼は真剣だった。

それから一週間のうちに、農作業の段どり、代わってくれる人の手配、農業協同組合との打合せなどを慌しくすませて、八階のB病棟室に入院した。

四人部屋の同室の三人とも、がんの患者さんだというのに、気持ちがしっかりしていた。病棟全体の雰囲気が明るいのが加地さんには何よりも驚きだった。

キビキビ動き回る看護婦、朝の七時半頃から夜遅くまで働く医師の姿、放射線診断部や心電図や呼吸機能検査など、いろいろな検査に出かけたが、そのつど、技師達の対応も気持ちよかった。

患者さんの間に何となく漂っている一種の同病の連帯感、患者さんと職員の間の信頼感も心地よかった。

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