HEALTH

がんの実例

とある膀脱がん患者の例(1)

これから膀眺がんの患者さんの事例を御紹介したいと思う。

二人とも男性だが、同じ膀眺がんにかかりながら、進行度、年齢、社会との関わり方の違いなどで、病気を契機としてまったく異なるその後の人生を歩まれることになった、その点の対照が鮮明だからである。

 

自己決定による尊厳死

加地省造さんは五十六歳。福島県で農業を営んでいた。 一八〇センチを越える長身で、お腹に余分な脂肪もほとんど付いていない立派な体型の方だった。

加地さんはある朝、排尿にたったとき便器が真赤に染まったのを見てビクッとした。

「痛くも痒くもないのに尿が真赤だ。ということは尿に血が混じっているのか」。

その日、午前中に二回、排尿のたびに、同じように赤い尿が出て、その後はいつもどおりのきれいな尿にもどった。

その夜、加地さんは家庭医学書を開いて考えてみた。結石、腎炎、膀眺がん、腎がん……いろいろと恐ろし気な病名が並んでいた。

意を決して翌日の朝、車で十五分ほどの近くの公立病院の泌尿器科を受診した。

担当医は「すぐに膀洸鏡検査をしましょう」と提案し、看護婦が隣りの診察台に案内してくれた。

尿道の中に麻酔用のゼリーが注人された後、下半身がカーテンで仕切られているため見えなかったが、尿道を通して膀洸鏡が挿入されるのがわかった。

挿入時に一カ所やや痛い部分もあったが、約十分ほどで検査は終了した。予想していたよりはるかに楽だったのでホッとしながら隣りの診察室にもどると、担当医は検査用紙に所見をスケッチしていた。

円い膀眺と思われる図の中央部に大きな楕円形の印を記入し、内部を赤エンピツで塗りつぶした後、医師は加地さんに向き直った。

「膀眺に大きな腫瘍ができています。恐らく膀眺を取らないといけなくなると思います」と説明が始まった。

「やはりそうか。突然の血尿。痛みはない。数回で血尿は消えた。

家庭医学書にあった典型的な膀眺がんの症状と完全に合致する‥…」。実は加地さんが一番恐れていたのは膀洸がんだった。

紹介状をもらって三日後に上京した加地さんは、国立がんセンター中央病院の泌尿器科を初めて受診した。結果は同じで、
「浸潤性膀眺がん。この病院で治療を受けられるのでしたら、腫瘍の性質から考えて、入院の順番をくり上げて急ぎましょう」

と説明された。担当医の眼は真剣だった。

それから一週間のうちに、農作業の段どり、代わってくれる人の手配、農業協同組合との打合せなどを慌しくすませて、八階のB病棟室に入院した。

四人部屋の同室の三人とも、がんの患者さんだというのに、気持ちがしっかりしていた。病棟全体の雰囲気が明るいのが加地さんには何よりも驚きだった。

キビキビ動き回る看護婦、朝の七時半頃から夜遅くまで働く医師の姿、放射線診断部や心電図や呼吸機能検査など、いろいろな検査に出かけたが、そのつど、技師達の対応も気持ちよかった。

患者さんの間に何となく漂っている一種の同病の連帯感、患者さんと職員の間の信頼感も心地よかった。

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