がんの実例

過剰治療による死(3)

つまり、化学療法の効果はもはや期待できないわけである。泌尿器科グループの症例検討会では河用さんの今後について真摯な議論がなされた。

「原発巣がかなり進行した膀眺がんであったこと化学療法に効果を求めることはもはやできないこと、膀眺から遠く離れた遠隔リンパ節に再発したことから、河田さんの膀脱がんは全身化していると考えるべきであり、治せる見通しはきわめて少ないことなどを考えて、緩和療法を今後の目標としよう」、と結論し、H医師は河円さんに方針を説明した。

担当医としても苦渋に満ちた説明だった。
しかし、河田さんの願いはあくまで病気が治ることで、緩和医療はまったく念頭になかった。治って再び仕事にもどりたい、という河田さんの強い意志と迫力に負けて、H医師は再度河田さんの治療方針を症例検討会にかけた。

議論のはて、最終的に河円さんの希撃を入れ、手術方針が選択された。骨盤内のリンパ節転移巣を切除し、浸潤が及んでいたS字結腸を合併切除し、骨盤壁にまで広がっていたがん巣に対してとり残しが出ることが確実だったので術中照射といって一回に大量の放射線を骨盤壁を目がけて照射した。

しかし、河田さんの再手術後の経過は悲惨だった。手術後は高熱が連日続き、汎発性血管内凝固症候群といって出血傾向を伴う重大な合併症を併発し、わずか二週間のうちに肝、腎、肺などの多臓器不全で亡くなってしまった。

担当したH医師はもちろん、泌尿器科グループの反省は深刻だった。いかに患者さんの要望が強かったとはいえ、成算の見込みの乏しい再手術に踏み切ってしまったこと、結果としてわずか二週間で河田さんを喪ってしまったのである。

説得をくり返して当初の方針通り緩和療法に移行していれば、数力月は比較的元気な生活を送ることができたかも知れない。典型的な過剰治療を実施してしまったことになる。

河田さんは何事も前向きにとらえ陽性に積極的に立ち向かう性格の方だった。

病棟内でも他の患者さんとも気持ちよく応接し、医療者との関係もとても良好だった。

奥さんも子供達も河田さんのこの生き方をよしとしてよく理解していたし、病気にあくまで立ち向かうという決心を生きる希望の源として、とことん闘う姿勢を示す河田さんの考え方を支持していた。

結果として過剰手術となってしまった事実は覆いようもない。しかし、もし再手術を実施しなかった場合、河田さんの気持ちはどうだったのか。

はたして緩和医療を受け容れるまで河田さんの気持ちは変化しただろうか。医療者側、とりわけ泌尿器科グループの医師達にとって河田さんの事例は苫い苦い、体験だった。この場合、どのような選択が最善だったのかの答はいまだ得られていない。

ここに膀眺がんの患者さんの例を示した。

尊厳ある死を全うした加地さん、過少治療を回避できた神田さん、過剰治療の結果、早期に悲惨な死を遂げた河出さん、個々の患者さんの人生観と現代のがん医療の関わり方が提起している問題は途方もなく深くて大きい。

三人の患者さんとも出発点は膀洸がんで、病名は同じながら、その後の展開はかくも大きな違いとなった。まことにがん治療は一筋縄ではいかない。

とりわけ、進行がんの場合の診療のあり方は複雑である。

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