がんの実例

とある膀脱がん患者の例(2)

検査結果が出揃った数日後、約束した夜の六時に担当のE医師は加地さんを説明室に招じ入れた。

事情があって今は独り身の加地さんはただ一人で説明を受けた。看護婦が説明内容のメモを取りながら立ち会っていた。

医師は尿路全体の構造から膀眺の位置、働きについて図を描きながら説明を始め、浸潤性膀脱がんでかなり進んだ状態であること、膀洸を全部切除する必要があること、それでも治しきれると保証はできないこと、その可能性を上げるためには手術前に抗がん剤治療がニコース必要なこと、それには少なくとも六週間かかり、かなりの副作用を伴うかも知れないこと、その上で手術をした場合、その後の尿路の再建法はどうするのか、など説明は詳細をきわめていた。

加地さんはとくに抗がん剤の副作用、手術後農業にもどれるのか否か、に関して質問した。

約一時間半にわたるやりとりの末、加地さんは半ば提案を受け入れる決心をしていた。

手術をしなければどうなるのか、代わりに放射線治療を受けた場合のその後に起こりうることなどのほか、さらに、この病院の過去の手術成績ももちろん説明された。加地さんは冷静に考えてやはり提案どおり「術前化学療法ニュース十膀眺全摘除術十回腸導管法による尿路再建」を受けるのが良いと考えた。

 

医師からは「一両日考えてみますか?」と時間の猶予を示唆されたが、これまでの人生、万事を一人で決してきた加地さんはその場で「今説明された治療を受けます」と返答した。

化学療法のニコースは吐き気と俗怠感に悩まされたが、加地さんが予想していたよりは楽だった。

それと、入院してから再び始まっていた血尿と軽い排尿痛が、 1コース終わる時点から消失し、痛みも消えてきて何となく効いているのではないかという感じも自らの励みになった。

ニュースが終わった後、CT検査の結果、「腫瘍のサイズは半分ほどに縮小しました」とE医師から説明され、苦労の甲斐があったと嬉しかった。

手術の直前にはさらに詳細な説明があり、看護婦からは尿をためる袋であるパウチを右下腹部に貼ってみてのテストを指示されるなど、人念な準備が進められていた。

同じ病棟内にはすでに膀脱全摘除術を受けた後、腸で新しい膀眺を作製して尿道から直接排尿を試みている人や、回腸導管を受けて例のパウチを貼っているところを見せてくれる人など、患者さんの間の情報交換はさかんで、年輩の患者さんはその関係を称して「戦友」という言葉を使っていた。

「手術は約七時間かかりましたが、輸血はしないですませることができました」など、病室にもどって少しウトウトしている時に医師から説明があった。

 

胃の中に入っている胃液の逆流防止に鼻から挿入されている胃管の存在が不快だったが、痛みは硬膜外麻酔のせいでほとんどなかった。二日後から歩行を指示され、点滴装置をぶら下げながら身体から管を何本も出したまま病棟内を歩き回った。

これは少しきつかったが、早く元気になれるから、と医師や看護婦から励まされて努力した。

一週間後には管の類いがすべて取り除かれ、パウチ貼付の練習が始まった。「こんなに忙しいのなら仕事をしていたほうがよかった」、と冗談をいいながら加地さんは退院後の生活に備えた。

医師から、「病理検査の結果からは日標どおりの手術ができたことがわかりました。残念ながら膀眺の近くのリンパ節に2力所転移があったので、再発の危険性は残ります。したがって退院後も遠方ではあっても、三カ月に一度の通院検査はぜひ受けていただきたいと思います」と指示された。

加地さんは術後二週間で退院し、福島の自宅にもどった。久しぶりの故郷の、緑に覆われた山麓の傾斜地に広がる畑の地面を踏みしめながら、加地さんの頭の中は入院中、人まかせにしていた農作業の遅れをとりもどす段どりで忙しかった。

一年半の間、何の異常もなく元気に仕事にもどっていた加地さんは、定期検査のための上京予定の一週間前、入浴中に何気なく触れた左の頸の付け根の部分に親指の頭ほどのしこりに気付いた。「もしや再発では?」と思った加地さんの直感は不幸にも的中した。

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